進行形 6
「先輩、もう無理です」
夜八時。ギブアップしたのは、長野新幹線だった。
「ええ、もう? 育ち盛りなんだから、もっと食べなきゃダメだよ」
オーダーバイキングの皿をどんどん空けていくのは、秋田新幹線だ。木曜はサービスデイなんだよとつれてこられた中華料理店は、たしかにうまくて、リーズナブルで食べ放題。若い長野と大食の秋田にぴったりだった。しかし、ものには限度がある。
「たくさんいただきました。おなかいっぱいです」
長野の声が、すこし苦しげだ。
「しょうがないなあ。じゃあ、おなかがこなれてきたら言ってね。ぼくのお勧めはまだまだあるんだから!」
食べるよろこびに充実のしあわせをふりまく秋田に、長野は思わずうなずいてしまう。
秋田が教えてくれる店に外れはない。満腹でも入ってしまうくらいおいしく、しかもシェアしたものは、ほぼ秋田が食べてくれるから、たくさんの種類を一口ずつ味わうことができるのだ。秋田の食べっぷりにひかれて、ついつい体が悲鳴をあげるまで食べてしまうこともある。
「先輩のお勧めは、いつもおいしすぎるから困ります」
そういうと、秋田はにっこり笑う。あかるい笑顔がまぶしい。
「今週は、特にご馳走づくしだったんですよ。毎日、先輩がたに誘っていただいて」
「ああ、そうだったね。楽しかった?」
「はい!」
長野の元気さに、秋田は機嫌よくグラスを空ける。
「長野とは、よくご飯を食べてきたものね」
「はい。今週は、小さかったころのようで、嬉しかったです」
「うん。みんな、競いあうようにして長野とご飯を食べてたよね」
手酌で紹興酒をついで、なつかしそうに杯をかたむける。
「はい、おいしいものを、たくさん食べさせていただきました」
「ぼくたちも楽しかったよ。長野がおいしいおいしいって、たくさん食べてくれるのが好きだった。好き嫌いが少しずつ直っていって、野菜も食べられるようになって嬉しかった」
「好き嫌い、そんなにありましたっけ」
東北にも、いまだににんじん嫌いだと思われていたなと頭をかく。
「これからもいっしょに食べようね。いつか、お酒も酌み交わそうね」
秋田の笑顔につつまれると、長野もふわふわした気持ちになる。やさしさに促されて、このところ感じていたものが言葉になった。
「秋田先輩」
ん? と、あつあつの中華粥を吹き冷ましながら秋田が応える。
「今週、わりと昔のことを思い出したんですけど。毎日だれかとご飯を食べるのは、ぼくだけでした。そのことを、ぼくは特に考えてみたことがなかった」
うん、と秋田がうなずく。
「外食で、自分の分を払うことがあっても、先輩にも在来にも、ご馳走することはありませんでした。おごってもらうことはよくあったのに、それは」
長野は言葉を切る。
「……あたりまえだったんです。今から思うと恥ずかしいのですけど。自分も同じく高速鉄道として俸給を得ているというのに、思いつきもしなかったんです」
秋田は蓮華を粥の椀においた。そして言った。
「それでいいんだよ、長野。きみは子どもなんだから。みんながきみといることで、どれだけ豊かな時間をもらったか。きみがいるだけで、どんなにぼくらが変わったか」
ゆっくりと、ふくめるように。
「だからいいんだよ。ぞんぶんに受け取って。きみは子どもだったんだから」
「子ども、だった」
秋田の言葉を反芻する。過去形。それはすなわち、大人になりつつある、現在進行形。
秋田がジャスミンティーをわたしてくれる。くせのある香りに、小さいころは飲めなかっただろうと考える。いまでも、東北先輩は嫌がりそうだと。ふと、東北先輩にお子様ランチを食べてもらいたいな、と思った。お子様ランチを見て、素直にかがやく表情が脳裏にひらめいて、またたくまに連想がすすんでいく。
数分後。どうしてこんなにおいしいんだろうね、とひとりごとを言いながら粥のおかわりを注文する秋田に、声をかける。
「秋田先輩。みなさんに内緒で、お料理を教えてください」
「いいけど、どうしたの? いきなり」
「いままで、数えきれないほど良くしていただきました。でも、たとえばお金を出して豪華なお店でお礼をしても、きっとよろこばれないと思うから、ぼく、自分でつくります。そしていつか、みなさんを、ぼくの部屋へお招きします」
秋田は、にやりと笑って「その話、のった」と右手を上げた。よろしく、と長野はそれに自分の手を合わせた。
かわいた、気持ちのいい音がひびいた。
でも基本的に雑食、無節操ですのでご注意ください。
鉄分のない駄文ですが、よろしければ覗いていってください。