進行形 3
「おじゃまします、山形先輩」
火曜日、長野新幹線は、山形新幹線の部屋に招かれた。
「お疲れさん、遅くまでよくがんばったなあ」
ととのった顔が柔和な目じりで笑んで、長野を迎える。
「お待たせしてすみません」
「ええって、ええって。かわりばえしない惣菜だけんども、今、あっためるで。いちど部屋さ帰って、着かえてきてもええよ」
ことさらのんびりした口調で気遣ってくれるが、これ以上、先輩を待たせるつもりはない。
「いえ、すぐいただきます。上着だけ脱がせてください」
キッチンに並ぶのは、長野が十数年なじんできたご飯だ。おかずもご飯も、ほとんどは週末につくって冷凍したものを温めるだけ。同じサイズのタッパーにはいって冷凍庫に重ね並べられている惣菜は、整然と美しい。パズルのように色とりどりに見えるのは、バランスの取れた食材を使っているしるしだ。どこにでもある当たりまえのおかずだが、長野は大好きだ。なにより、落ちつく。なにも気を遣うことなく、ゆったりと食べられるのだ。
長野は洗面所を借りると手を洗ってうがいをすませた。それから山形が温めてくれたおかずを食器に盛りつける。そのあいだに山形は片手鍋に味噌をとき入れている。
このあいだまでは、東海道新幹線にも同じように私室で食事をご馳走になったものだった。東海道と山形と三人で食卓を囲むことも多かった。そもそも、食事の冷凍保存は東海道に教わったのだと、いつか山形がいっていた。たがいに惣菜のおすそ分けをするから、東海道と共通のおかずになることもよくあると。
そして山形がいるときは、つくりたての味噌汁がつくのが決まりだった。今夜のように。
座卓に正座をして、両手をあわせる。いただきます、と唱が和す。
ならんでいるのは、ご飯、豆腐とわかめの味噌汁、チンジャオロース、筑前煮、さやえんどうのドレッシングあえ、塩を振ったカットトマト。山形に水割り、長野に麦茶。和洋中ごちゃまぜなのだが、二人とも気にしない。
「あ」
チンジャオロースを口へ運ぼうとして、長野が箸をとめた。
「なした」
「いえ、べつに」
「なした」
知りたがる山形に
「たいしたことじゃないんですけど」
チンジャオロースをさす。
「これ、東海道先輩が作ったんでしょう」
「よくわかるなあ」
「えんどうとトマトは山形先輩」
「んだ」
「筑前煮は山形先輩だけど、入ってる人参を切ったのは東海道先輩」
「当たりだべ」
「東海道先輩には内緒ですよ。ぼく、どのおかずも好きです。東海道先輩のご飯はおいしいです。けど、その…先輩、不器用だから。お肉とピーマンの千切りは太さがばらばら、筑前煮のなかで人参だけ大きさがそろってないし、わかります」
言われてみれば、と山形がうなずく。
「山形先輩のは、ごぼうもレンコンも里芋もおなじ大きさで、里芋の皮がカクカクにむいてあるとか、トマトの皮をむいてあるとか、細かいところが食べやすくなってるんです。えんどうも、東海道先輩なら筋をとらないでしょう?」
「なるほどなあ、名探偵みたいだずなあ」
「やめてくださいよ。おじさんみたいですよ、それ」
「それなりに生きてきてるで、おじさんだあ」
青年のような容貌でそんなことを言われても、と長野が笑う。笑うこころの端で、でも、長く生きてるのは事実なんだなあと考える。長野は昭和も国鉄も知らない。知らない時代を生きてきた人とご飯を食べ、再来年には同僚として肩を並べようとしている。不可思議だ。
「今日のおかずは、東海道先輩といっしょにつくったんですね」
「んだ。おれと東海道は、仲良しなもんだでな」
そうですね、と返そうとして、山形の目に刺されてかたまる。ちろりと横ざまに、
「おれと東海道は、仲良しなんだず」
意味ありげな、からかうような、妖艶なまなざし。
数秒後、その意味するところを察して、長野は一瞬にして真っ赤になった。
「な、わかるべな」
にっこり。
わかりやすい笑顔が長野には恐ろしい、いや、恥ずかしい。
「そ、そそそそうですねっ」
ふだんの山形と違いすぎる。そもそもどうしてこんなことを言いだしたのか。
あせりまくる長野の頭に、山形は長い手をさしだしてきた。
「もう、いっちょまえだずなあ」
猫っ毛をぐりぐり掻きまわされて、目を回す。山形を理解はできないが、翻弄されながら、自分が祝福されていることだけは、わかった。でも基本的に雑食、無節操ですのでご注意ください。
鉄分のない駄文ですが、よろしければ覗いていってください。