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青春さまの青春鉄道、紙端国体劇場作品の二次SSブログです。 同人、腐、女性向けなどに理解のない方、義務教育を終了していない方は、ご遠慮ください。 実在の個人、団体、鉄道等とは一切関係ございません。

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冬の山形で、暖色のくだものを食べる山形新幹線。
奥羽本線が出てきます。

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おひさま果実


「愛想のいいのは結構ですが、むやみに色気を振りまかないでください」
 直属の部下が諫言してきたのは、婦人をふくむ役所の客人が上機嫌で山形駅の上官室を出ていった、すぐあと。
 うぅん? と、しらばっくれて頭をかしげてみせる山形新幹線に、
「顔かたちがととのってるのは上官のせいじゃありませんが、その流し目は自重してください」
奥羽本線は釘をさした。
「なぁんだあ、カリカリして。おめ、ビタミンが足りねえか」
それはカルシウムではないのか、と引っかかっては話をそらされるのが落ちなので、奥羽は口を結んで上官を見つづける。すると山形は殊更ゆっくり応接用の椅子を立ち、給湯室から紙袋を取ってきて奥羽に手渡してから自分のデスクに腰掛けた。
「青森のりんごと長野の栗だぁ、みんなで食え」
 ほんとうに自覚がないのかと思えるようなのんびりした返答だったが、切れ長の目の奥がいたずらっぽく笑っている。ずっしり重い袋から甘酸っぱいにおいをかぎながら、なお憮然とにらんでくる部下に、山形は口をひらいた。
「地元に好いてもらって、できれば鉄道を使ってもらえれば嬉すいなぁ」
このおしどりめ、と本線は眉をしかめる。実直な奥羽は、空気の色が変わるたぐいのことが嫌いなのだ。
「素朴な蔵王や、静かに隠居してたやまばとは何処にいったんだ……」
余人のいない気安さで頭をかかえた奥羽に、
「おれは、『いま』が気に入っとるで」
山形も本音をみせる。
「ながく走るんだず」
 ととのった容貌で、切れ長の目で、こんどは色気のかけらもなく見返されて。しばらく、奥羽は上司をみつめる。
「…………そうか」
やがて、本線は長老の表情でうなずいた。

 奥羽本線が退室すると、山形は少しばかり脚を投げだして、デスクのひきだしを引いた。
 さわやかな柑橘のかおりがひろがる。つやつやと瑞々しい小ぶりの蜜柑が、ひきだし一面に詰まっていた。
 雪を蹴って走る自分には眩しいほどの明るさ、濃いかおり、深い黄色。
『うまいだろう。私もよく食べる。風邪の予防にもなるしな』
東京の宿舎で地元の名産を贈ってくれた東海道新幹線の、得意げなすがたが脳裏によみがえる。
 甘くて、皮がうすくて、ほんとうに美味しかったから『うまいだずぅ』と感嘆したら、彼ははっと息をのんだ。なにごとかと山形が気を向けると、まるで重大な秘密にでも気づいたかのように目をかがやかせて、
『あのな、山形、そういえば! これが生るあたりでは、うまいだらぁ、と言うんだ。うまいだずぅ、と似ているなっ』
他愛のないことに心底うれしそうに笑った。目のまえの光かがやく表情を堪能しながら、山形はそこが宿舎の私室で、ほかの誰もこの笑顔を見ていないことに安堵した。
 陽光や暖流のめぐみを小さな実いっぱいに凝縮した果実を、ひとつ手に取る。つるつるの手ざわりを愉しんでいると、実の上方にぴょんと一筋、跳ねっ毛があるような気がしてくる。橙色は、ひよこに見立てるには濃すぎるが、山形にはそのひとが上気して肌を染めたようすを思い起こさせた。
 するり。
 指先でなでると、まぼろしの跳ねっ毛が震える。めんこい。
 張りのあるおもてに軽くくちづけて、爪を立てる。抵抗なく割れた表皮から、はじけるようにとびだす香気のとうとさ。薄い皮ごと口にふくむと、甘い雫がはじけて、したたる。
 山形のむねに、あたたかいものが満ちてくる。
 あの吝嗇家が、自分には無償でよいものをくれる。
 離れていても、彼を味わうことができる。
(あんがとなあ、奥羽。けんど、蔵王もやまばとも、ほんての色気なんて知らなかったんだ。まだおれは、きっと、たった半分しか生きてなかったんだずなぁ)
 いまさらだが、むかしの自分を惜しんでくれた本線に心のなかで答える。
 たっぷりと果実ひとつをたのしんで、手を拭いた。手帳をあらため、つぎに東京に泊まる日をたしかめる。それから姿勢をただして、仕事に取り組むべくPCを立ち上げた。
 東海の新幹線から年末の予定についての問い合わせがきていた。きわめて事務的な文面。業務上の調整は不要の相手だから、かえって照れと本音を感じる。さりげなく返信しながら、いやおうなく山形の温度が上がる。
 そのまま、山形新幹線は事務仕事に没入していった。
 だれに見せることもない純粋な笑みを、きれいな顔にたたえて。
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削谷 朔(さくたに さく)
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山形新幹線×東海道新幹線が好きです。
でも基本的に雑食、無節操ですのでご注意ください。
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