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青春さまの青春鉄道、紙端国体劇場作品の二次SSブログです。 同人、腐、女性向けなどに理解のない方、義務教育を終了していない方は、ご遠慮ください。 実在の個人、団体、鉄道等とは一切関係ございません。

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たいへんお久しぶりでございます。
この日ばかりは拙文を……と、土のなかから出てきました。
1992年7月1日、山形新幹線開業の日の朝のSSです。
原作にない設定があります。形海は、まだ付き合ってはいません。
山陽、東北、上越新幹線がすこしだけ出てきます。
よろしければ、どうぞ。



+ + + + + + + + + +

はじまりの朝

 文月朔日の夜明け前、山形新幹線は不思議なものを見ていた。東京の自室のふとんのなか、左手をかざして。
 薬指に、かたいもの。小さいが剛く、未明のうすあかりにも金色にひかる。右の手をのばせば、かすかにJRの刻印が触れた。
 この品は知っている。春から同僚になった高速鉄道たちが揃ってはめている指輪だ。山形には、いまだ渡されていなかった。開業前であったし、同僚たちとちがい実質は特急であるから、支給されないのかもしれないと思っていた。
 山陽新幹線と上越新幹線は山形が指輪を着けるのか気にしていたらしく、さりげなく山形の左手を見ることがあった。なにもないのを確かめると、上越は山陽に、山陽は東海道にもの問いたげな視線を向けた。すると東海道は不機嫌になって、ぷいと問いかけを無視するのだった。東北新幹線からはまったく視線を感じず、それはかえって見事だった。
 不思議なのは、これを渡された覚えがないことだ。きのうの終業時にも、宿舎で同僚におやすみを言ったときも、眠りにつくときも、自分の手には何もなかった。眠っていた数時間のうちに着けられたにちがいないが。
(東海道だずかなあ)
可能性をさぐる。
(けんどなあ、すっただことするようには思えねえなあ)
それに、夜中にだれかが入ってきて指に金属をはめてきたら、自分が気づかないわけがないと思う。
(解せね)
けれど、まあいいかと疑問をしまった。
(そろそろ身支度せねば。どっちにしたって東海道に訊けばわかんべ)
 きょうは山形の開業日で、たいへんに始業が早い。にもかかわらず東海道は朝食を食べに来いと言ってくれていた。あまりに早朝で迷惑になるからと遠慮したが、いいから来いと強く言われた。もちろん嬉しいから、言葉に甘えることにした。
 シャワーを浴びて、さらの制服をおろそう。走り出す日のすがたを、いちばんに彼に見せよう。
 柄にもなく、しかし素直にそう思って、山形新幹線は一日をはじめた。

 まだ眠っているだろう周囲を気づかって、ひかえめにノックをした。たたたた、と足音が聞こえて、いきおいよく扉が開かれる。いきおいがよすぎて山形の胸にぶつかりそうになった東海道は、とっさに受けとめた山形の顔を間近にして、ぱっと朱に染まった。
 くつくつと笑う山形の手を、部屋着の袖をよじって払おうとした東海道は、はっとして山形の左手をつかんだ。真顔で薬指を凝視する東海道に
(おかすいな、東海道も指輪のこど知らなかったんだずか…?)
山形が頸をかしげていると、じわりと、東海道の目に透明なものがあふれてきた。
 脈絡もわからなかったが、山形はあわてず、手を取られるままにしていた。どうしてか、
よくない涙ではないとわかったので。
 東海道は、しかし雫をこぼすことなく感情をおさめた。かわりに鼻の頭が赤くなった。そして一歩さがると、正しい姿勢になって山形に告げた。
「おめでとう、山形新幹線」
 祝福に、身が引き締まった。山形新幹線は言葉なく、背筋をのばして頭をさげた。

「素麺にしようと思うのだ」
 きょうは座っていろと山形に椅子をすすめて、東海道は張り切って湯をわかしはじめた。
「あんがとなあ。こんな早いと、白いご飯は重たいでなあ」
「にゅうめんと冷たいのと、どっちがいい」
「んだなあ、冷だいのがええなあ」
「そうだな。もう七月だものな」
他愛のない会話が自然にできる。無数の偶然がもたらした日常のとうとさ。台所に立つ部屋着の背中に白い夏の麺を期待して、山形はあることを思いついた。さっと階下に降りて、庭に出て、帰ってくると、ちょうど茹であがった素麺を冷水でしめているところだ。山形は冷凍庫から氷をだして鉢にあけてから水道を借りた。
「きょうは手伝わなくていいと言っただろう」
くちびるを尖らせながら、山形の手もとをのぞきこむ。庭から失敬してきたのは、楓の葉だ。星型の葉を二枚、よく洗って素麺の鉢に浮かべる。思ったとおり、氷水にたゆたう白い麺に、緑の夏葉はよく映えた。
「鮮やかだな」
口ではそう言った東海道だったが、つぎの瞬間、みるみる表情がくもっていく。
「どうした。気にさわっだべか」
覗き込むようにたずねると、彼はぽつりとこたえた。
「もみじは、散るものだから」
 胸を衝かれた。
 素麺は東海道からのはなむけなのだと、はじめて気づいた。おそらくは山形新幹線が細く長く走りつづけられるようにと、祈りをこめてくれたのだろう。あるいは素麺自体、縁起のいい食べものであるのかもしれない。
「ありがとさんなあ」
ためいきのような声が出た。同時に鉢から葉を除こうとした手を、東海道がさえぎった。
「いい」
「けんど」
「これはこれで、涼やかだ。それに、葉っぱに罪はない……おまえの心配りにも」
そして、鉢をテーブルにすえると
「さあ、のびないうちに食べるぞ」
笑顔をつくって山形を呼んだ。

 素麺はおいしかった。おそらく実際の味以上においしく感じた。つるつると、いくらでも喉をとおっていく。きんと冷えた食事なのに、食べれば食べるだけ山形の胸があたたかくなった。
「われわれの指輪も、起きたら指にはまっていたのだ」
 食べながら、東海道が教えてくれた。
「国鉄が、JRになる日の朝だった」
信じられないような話だった。
「そのころは、いろいろと不安定で……そうだな、上越などはかなり不安がっていた。それはそうだ、それまでは同じ会社の仲間だったのが、他社になり、たがいに社外秘の情報なども出てくるし、もしかすると商売敵にもなるかもしれないのだから」
「んだかあ。おれのほうは田舎だったけんど、あのときは、まんず上も下もぴりぴりしで、ほんてに大変だったのはおぼえとるよ」
「高速鉄道だから、無論おもてに出すことはなかったが、私や山陽も不安ではあった。一体の身体を否応なくばらばらにされるような感覚だった」
思い出しているのだろう、低いトーンで語る。
「それが、あの朝」
そこで、東海道の目が明るくなった。
「起きると、この手に指輪がはまっていたのだ。着けたおぼえも着けられたおぼえもない。山陽をたたき起こすと、やつの指にもあった。ばたばたしたから上越と東北も出てきた。あれらの指にも同じものがはまっていて、しかもみな心当たりがないという。職員にも尋ねたが、だれも知らないというし、それらしい支出もなかった」
東海道の箸の素麺は、よく跳ねてつゆが散る。
「手品みたいに、忽然とあらわれたって言うだか」
「手品というには種がない。自然に生じたのだと思う。そんな気がする。魔法のような」
「すっただごど……」
自分の指輪を見る。金色の、明るいかがやき。非科学的だが、その理解が感覚にしっくりすると感じる。
「まあ、理屈じゃねえごどは、世の中いっぺえあるけんども」
「われわれ自身、こうして人のかたちをしているのだし。われわれがどこから来て、どこへ行くのかもわからないのだ」
「ああ、んだなあ」
それは、よくわかる。
「人間とはちがうとこに還るような気がするべ」
「上越が『鉄道の神様がプレゼントしてくれたんだよ、きっと』と言って、そうかもしれないってことになった。『これからもよろしくな』と山陽がまとめて、東北がうなずいて」
「んで、おめさは『では、今日からJRに忠誠をつくせ、働け働け』どが言っで発破かけたんだずな」
にぎやかなさまが目に浮かぶようだ。
「む。なぜ見てきたように言うのだ」
「ちがうのけ」
「……そのとおりだが」
おもしろくなさそうな表情に目を細め、自分の指輪をなでる。
「おれも、鉄道の神様に新幹線の一員だと認めてもらったんだずかなあ」
だから山形の薬指を見たあと、東海道がおめでとうと告げてくれたのだと、先刻のやりとりを思い出す。いっとき、彼の目にこみあげた雫と、その意味も。
「そうだ山形。名実ともに仲間になったのだ」
黒いくせっ毛がぴんと跳ねた。
「これなあ、東海道」
 山形が楓の葉をひとひら、箸でつまむ。
「おれは、やっぱり入れてよかっただず」
東海道が小首をかしげる。めんこいと思う。
「きょう、きっとたくさま花束さもらうべ」
こくりとうなずいてくれる。ほんてにめんこいと、また思う。
「もみじは散るもんだけんど、花も枯れるもんだ」
かっと、東海道の目つきがとがる。それを視線で制して
「おれはいちど廃止になったんだず。廃止になったがらこそ、こうして新幹線になれたんだず」
そうだべ? と目のまえのひとに笑みかける。
「生きたから散ることができる、咲いたから枯れることができる。山形新幹線も、いづがは終わりの日がくるで」
「山形っ、こんなめでたい日に言うことか!」
たまりかねて東海道が怒鳴った。卓上で、節が白くなるほど手を握りしめている。が、山形はおだやかだ。
「めでたいこの日に素麺ば食うたから、おれは細く長くしぶとく走るで、案じるごどは無えよ」
ふた筋の白い麺を東海道に見せるようにすくって、つるりと飲む。
「けんども、いづが来るその時に、きっと納得がいぐように走る。一日一日を全力で走る」
おめさのように、とまでは言葉にせず。
「いやなごど聞かせてすまねけんど」
眉をしかめる東海道にわびながら、食卓のうえで東海道の手をとる。
「そのために、一緒に走ってくんろ」
 どれくらいそうしていたのか。かたく握られたこぶしが、山形の手のなかでゆっくりゆっくり解れていった。

 出勤のために階下に降りると、きちんと制服を着た同僚たちがリビングにそろっていた。山形はおどろいたが、東海道は当然だという顔をしていた。いつもなら起きているかどうかという早朝だから、それだけで祝意が伝わる。
 かれらは山形の左手に指輪をみとめると、一様にほっとしたような笑顔になった。無関心にみえた東北新幹線も嬉しそうだった。
 おめでとう、気をつけて、いい日だな、行ってこいと口々に声をかけられて、山形新幹線は宿舎を出た。
 仲間たちに、いってきますと挨拶をして。
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削谷 朔(さくたに さく)
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山形新幹線×東海道新幹線が好きです。
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