進行形 4
「はじめになあ、おめさを見に行ったときなぁ」
山形が始めたのは、水割りの杯を重ねて、酔いが濃くなってきたころだった。
「え、山形先輩も、視察に来てくださったのですか」
ぼく、ちっとも記憶にありませんと長野が驚くと、
「ちがうべ、東海道だず」
めずらしい、山形先輩が酔ってると長野は山形のとなりに腰をおろす。座卓だから、すこし位置をかえるだけで事足りる。なんとなく、ほおっておけない気がする。
「目を輝かせて意気揚々とかえってきてなあ、そりゃあ嬉しそうだったんだず」
「そうだったんですか」
東海道と初めて会ったのがいつだったか記憶にない。よほど小さいころだったのだろう。
「忘れもしねえ。東海道は開口一番『小さいが、間違いない。あの子どもだ、逸材だ』って言ったんだず」
長野は身を乗りだした。自分の知らない自分の話だ。
「そんで、図書館からやまほど育児書やら教育関係の本やら借りてきて、あいた時間ぜえんぶ使って猛勉強をはじめたんだぁ」
「JR東海の図書室には、育児書まであるのですか!」
「あるわけねえべ。職員の図書カードかりて、区立の図書館さ行ってたよ」
東海道は無駄な出費をしないのだ。
「だからおれは、いっとう初めは、まだ見たこともない長野にやきもちをやいてたんだず」
え、と長野が驚く。山形はおだやかに笑って、機嫌がいい。
「そりゃそうだべ。東海道の、仕事以外の時間を根こそぎ持ってかれちまったんだず、ほら」
ひらりと長野に視線をよこす。
「俺と東海道は、仲良しなもんだで」
長野は赤面して
「そ、それは……すみませんでした」
頭を下げた。
「べつに、おめさのせいじゃねえべ。それだけ長野がいい子だったってことだぁ。けんど、やきもちの話は東海道にはないしょにしてくんろ」
目のまえの先輩をどこかかわいく思いながら、はい、とうなずく。
「そんで、座学がすむと、実際の子どもを知らねばとか言いだしてなあ、子ども対象の鉄道企画の手伝いを買ってでたり、東武の子どもたちを動物園につれてったりしてたなぁ」
「ええっ」
こんどこそ長野は声にだして驚いた。
「そっただ驚かなくてもええべ。おめさだって、遊園地とか動物園とかつれてってもらったべ。それにおめえ、東武や西武の子どもたちと仲がいいべ。東海道にひき会わされたからではねえか」
「そういえば……そうでした。東海道先輩が紹介してくれた記憶があります」
「JR、JRってあれだけプライドの高い東海道が、長野に友達が必要だからって、菓子折りもって私鉄や地下鉄とつきあいば始めたんだず」
知らなかった、と長野は呆然とする。それに、山形はやさしいまなざしを向ける。
「やきもちなんて言ったけんど、おれだって本物の長野を見たら、そりゃあ東海道が熱心になる気持ちがわかったさぁ、素直でまっすぐで賢くてなぁ。おめさもまあ、しっかり東海道になついたしなぁ」
「ぼく、先輩がたみなさんを好きですけど」
「んでも、おねしょしても眠れなくてもトカゲやへびが出たときも、まっさきに泣きつくのは東海道だったべ。はじめは東北なんかショックうけてたもんだず、長野は東日本の新幹線なのにって」
どれもこれも初耳で、長野は目をまんまるにするばかりだ。たしかに、東海道をいちばん頼りにしていたかもしれないと思う。いつかは新大阪で東海道と接続するのが、いまも変わらぬ自分の夢だ。
「それがなあ、おおきくなった。ほんてんに、立派になったなあ」
ほめられて、くすぐったい。てれかくしに冷蔵庫からペットボトルを持ってきて、山形にわたす。
「先輩、水分を取ってください」
「気がきくな、できた子だず」
スポーツドリンクを一気に半分ほど飲むと、山形は話をしめくくった。
「動物は必要なときに、子どもを手放す。人間には難しいことも多いようだがなぁ。おれは、東海道は見事だと思うべ」
はっと、長野が息をのむ。
寂しくて、悲しくて、頼りない気持ちはそのままに、東海道は正しいことをしているのだと胸におちた。
ごちそうさまでした、おやすみなさいと挨拶をして長野が部屋をあとにすると、山形の雰囲気が素面にもどった。歯みがきをしてから電話をかける。
「さっきまで長野と飯ば食ってたんだず。おかわりして、元気そうだったでよぉ」
「そうか。すまんな」
「ええって。明日は東京どまりけ?」
「そうだ、昼には戻る」
「じゃあ、夕飯いっしょに食えんべ」
「うむ、そうしよう」
「じゃあなぁ、おやすみ、東海道」
「うん。おやすみ、山形」
でも基本的に雑食、無節操ですのでご注意ください。
鉄分のない駄文ですが、よろしければ覗いていってください。