青春さまの青春鉄道、紙端国体劇場作品の二次SSブログです。
同人、腐、女性向けなどに理解のない方、義務教育を終了していない方は、ご遠慮ください。
実在の個人、団体、鉄道等とは一切関係ございません。
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近くの彼 3
「無理をしているのではないか」
山形が二膳目のご飯を食べていると、東海道はそう切り出してきた。
おかわりをするのにも、ひと悶着あった。残すどころかもっと食べたいといった山形を、東海道は信じなかったのだ。
自分の料理は栄養補給のためのものであって、味付けは二の次だ。ほんらい他人さまに出すようなものではないと自覚している、気を遣ってくれなくていいと。それを、本当においしい、部屋にあがりこんでご馳走になったうえに図々しいのはわかっているが、二膳目がほしいと山形も主張して、無理するなと東海道がいい、山形は空の茶碗をさしだして、にらみあって。
そして、たがいにその必死さに気づいて笑ってしまった。
「いくらJRが役所体質だからって、配属は四月一日付であるべきなんて、こだわらなくていいと思っていたのだ。開業までたった三ヶ月で、ろくな準備ができるものか」
目をふせて、怒りをこめて。茶碗と箸はもっているけれど、東海道は食べながら話すことはしない。休日も襟付きのシャツで、背筋を伸ばして、他人のことで静かに怒る。きちんとしているのだなと山形は見惚れる。同時に、ずっと心配をかけていたのだと知る。
一方で、辞令がぎりぎりになったのは、特急「つばさ」がごねて後任が決まらなかったからだという経緯は言うべきでないのだろうと考えて、あいかわらずの無表情で東海道の話を聞いていた。
「いいか。準備がととのわないのは、山形のせいではないのだ」
東海道は目を上げて、山形を見る。
「さっきもテキストを開いていたが、新幹線を動かすのは人間だ。われわれが運転や建設や営業をするわけではない。勉強は後でもできるのだ。わかるか」
そういわれても、と山形は思う。開業までに身につけるべきことは完全にしなければならない。優等列車として、そのようにしてきた自負がある。まして自分から山形新幹線を引きうけたからには。
「わかるような、わかんねえような…無理すんなってことだか」
ううん、と東海道はすこし考えて
「新幹線の速度を経験したことは」
とたずねた。
「運輸所のシュミレータ訓練と、東北新幹線に同乗研修させてもらったくらいだず」
「そうか、まあ着任半月では、しかたないな。では、貨物列車を引っ張ったことはあるか」
まさかと、山形は煮干を噛みながら首をふる。
「わたしは、すこし経験があるのだが」
山形が驚いて顔をあげると
「むかし、いわば浪人中に、なんでも屋のような時期があったのだ。思えば、いろいろと勉強になった」
東海道は、遠くを見るような表情になった。
(ああ、また)
思いもよらない一面を見たと山形の胸がざわめく。
「貨物は重いのだ。線路や骨に食い込むような、撥ねのけようのない重さだ。だから貨物はゆっくりと堅実に運行する。新幹線が受ける重圧は、それに似ている。ただ重量だけではなく、標準軌を高速で走る馬力と空気抵抗、圧力、重力、天候や保線状況によるイレギュラーな摩擦。それらすべてが負荷となって、この身体にかかってくる。人間そっくりの、ちっぽけなこの生身の身体に」
わかるか、と黒い目が山形に問うている。
山形も、長く急行や特急として走っていた。経験はあるといいたいが、しかしレベルが違うのだろうとも思う。もと花形特急であった初代新幹線の説得力が山形を圧する。
「この骨が」
彼は細い腕を山形の前に出す。うすい肌に骨格が透けている。
「走行中はきしむのだ」
ごくりと、つばを飲む。いつのまにか山形は両手を握って膝においていた。
「新幹線の営業時間は、おおかた六時から二十四時までだずな」
「そうだ」
「一日に数往復の特急より、はるかに多く走るんだずな」
「そうだ」
「そのあいだじゅう、きしむのけ」
「そうだ。いまも負荷は受けている」
山形は、思わず彼の腕をとる。
「こっただ細っせえのに、強いんだなぁ」
「ほかの新幹線は知らない。個人差はあるだろう。ただ、楽な仕事ではないのはたしかだ。そして、われわれが気力体力を落としたら、すなわち新幹線の予備能力が低下するのだ」
骨を感じる腕を離さないまま、目のまえの新幹線を見る。背ばかり伸びた少年のような外見の、しかし家事をし仕事をし、地に足をつけた生活をするひと。だれも代わりになれない稼ぎ頭。真摯に山形を心配し、ことばを選んで教えてくれる真面目な彼。
山形は長く彼を見てきた。遠くから見守っていたつもりだった。それが間違っていたとは言わないが、独りよがりだったと、いまは恥ずかしい。
近くで知る彼は、こんなに意外で、いきいきと、鮮やかだ。
「勉強は、後でもできる。新幹線は職員が動かしてくれる。だけんど、おれ自身が元気でないと、運行に支障が出るかもしんねえ、ということけ」
「すくなくとも、マイナス要因になる。いつ、どんな事故が起こるとも限らん」
「そのときに負けないくらいタフでいることが、おれたちのほんとの仕事だってことだずな」
返答に満足したのか、黒い目が輝き、はねっ毛がぴんと立つ。それを見て、山形の心臓も激しく跳ねた。
「わたしも偉そうなことを言えた義理ではない。調子を崩すこともあるし、外食やコンビニを利用することも多い。だが、だからこそ食べられるときには野菜や海のものを摂ろうと思うのだ。おまえにも、根を詰めすぎないでほしい。休みも食事も大事にしてほしい。まだ、人間関係にも慣れないだろうが、われわれは五人だけの仲間なのだから」
「そっだら」
山形は、手を引かれないのをいいことに、いまだに掴んだままの東海道の手を握り、彼の目を見て笑いかけた。
「ことばに甘えて、またご馳走になってもええか」
表情の変化にとぼしいはずの後輩の笑顔に、東海道は豆鉄砲を食らったようになった。
「あ、ああ、もちろんだ」
「んで、まだ東京に仲のいい人ばおらんのだけんども、なにか困ったことがあったら教えてもらってもかまわんけ?」
「うむ、なんでもきいていいぞ。わたしの携帯の番号は、業務用の携帯に入っているな」
「すまんのう、ほんてんに心強いべ」
頼りにされて喜んでいる東海道は、この時点でも山形に手を握られつづけていることに、その不自然さに気がついていなかった。山形は、笑顔を出した時点で、東海道との距離を縮めることに決めていた。
近くの彼を、さらに知りたいという意志をもって。
「無理をしているのではないか」
山形が二膳目のご飯を食べていると、東海道はそう切り出してきた。
おかわりをするのにも、ひと悶着あった。残すどころかもっと食べたいといった山形を、東海道は信じなかったのだ。
自分の料理は栄養補給のためのものであって、味付けは二の次だ。ほんらい他人さまに出すようなものではないと自覚している、気を遣ってくれなくていいと。それを、本当においしい、部屋にあがりこんでご馳走になったうえに図々しいのはわかっているが、二膳目がほしいと山形も主張して、無理するなと東海道がいい、山形は空の茶碗をさしだして、にらみあって。
そして、たがいにその必死さに気づいて笑ってしまった。
「いくらJRが役所体質だからって、配属は四月一日付であるべきなんて、こだわらなくていいと思っていたのだ。開業までたった三ヶ月で、ろくな準備ができるものか」
目をふせて、怒りをこめて。茶碗と箸はもっているけれど、東海道は食べながら話すことはしない。休日も襟付きのシャツで、背筋を伸ばして、他人のことで静かに怒る。きちんとしているのだなと山形は見惚れる。同時に、ずっと心配をかけていたのだと知る。
一方で、辞令がぎりぎりになったのは、特急「つばさ」がごねて後任が決まらなかったからだという経緯は言うべきでないのだろうと考えて、あいかわらずの無表情で東海道の話を聞いていた。
「いいか。準備がととのわないのは、山形のせいではないのだ」
東海道は目を上げて、山形を見る。
「さっきもテキストを開いていたが、新幹線を動かすのは人間だ。われわれが運転や建設や営業をするわけではない。勉強は後でもできるのだ。わかるか」
そういわれても、と山形は思う。開業までに身につけるべきことは完全にしなければならない。優等列車として、そのようにしてきた自負がある。まして自分から山形新幹線を引きうけたからには。
「わかるような、わかんねえような…無理すんなってことだか」
ううん、と東海道はすこし考えて
「新幹線の速度を経験したことは」
とたずねた。
「運輸所のシュミレータ訓練と、東北新幹線に同乗研修させてもらったくらいだず」
「そうか、まあ着任半月では、しかたないな。では、貨物列車を引っ張ったことはあるか」
まさかと、山形は煮干を噛みながら首をふる。
「わたしは、すこし経験があるのだが」
山形が驚いて顔をあげると
「むかし、いわば浪人中に、なんでも屋のような時期があったのだ。思えば、いろいろと勉強になった」
東海道は、遠くを見るような表情になった。
(ああ、また)
思いもよらない一面を見たと山形の胸がざわめく。
「貨物は重いのだ。線路や骨に食い込むような、撥ねのけようのない重さだ。だから貨物はゆっくりと堅実に運行する。新幹線が受ける重圧は、それに似ている。ただ重量だけではなく、標準軌を高速で走る馬力と空気抵抗、圧力、重力、天候や保線状況によるイレギュラーな摩擦。それらすべてが負荷となって、この身体にかかってくる。人間そっくりの、ちっぽけなこの生身の身体に」
わかるか、と黒い目が山形に問うている。
山形も、長く急行や特急として走っていた。経験はあるといいたいが、しかしレベルが違うのだろうとも思う。もと花形特急であった初代新幹線の説得力が山形を圧する。
「この骨が」
彼は細い腕を山形の前に出す。うすい肌に骨格が透けている。
「走行中はきしむのだ」
ごくりと、つばを飲む。いつのまにか山形は両手を握って膝においていた。
「新幹線の営業時間は、おおかた六時から二十四時までだずな」
「そうだ」
「一日に数往復の特急より、はるかに多く走るんだずな」
「そうだ」
「そのあいだじゅう、きしむのけ」
「そうだ。いまも負荷は受けている」
山形は、思わず彼の腕をとる。
「こっただ細っせえのに、強いんだなぁ」
「ほかの新幹線は知らない。個人差はあるだろう。ただ、楽な仕事ではないのはたしかだ。そして、われわれが気力体力を落としたら、すなわち新幹線の予備能力が低下するのだ」
骨を感じる腕を離さないまま、目のまえの新幹線を見る。背ばかり伸びた少年のような外見の、しかし家事をし仕事をし、地に足をつけた生活をするひと。だれも代わりになれない稼ぎ頭。真摯に山形を心配し、ことばを選んで教えてくれる真面目な彼。
山形は長く彼を見てきた。遠くから見守っていたつもりだった。それが間違っていたとは言わないが、独りよがりだったと、いまは恥ずかしい。
近くで知る彼は、こんなに意外で、いきいきと、鮮やかだ。
「勉強は、後でもできる。新幹線は職員が動かしてくれる。だけんど、おれ自身が元気でないと、運行に支障が出るかもしんねえ、ということけ」
「すくなくとも、マイナス要因になる。いつ、どんな事故が起こるとも限らん」
「そのときに負けないくらいタフでいることが、おれたちのほんとの仕事だってことだずな」
返答に満足したのか、黒い目が輝き、はねっ毛がぴんと立つ。それを見て、山形の心臓も激しく跳ねた。
「わたしも偉そうなことを言えた義理ではない。調子を崩すこともあるし、外食やコンビニを利用することも多い。だが、だからこそ食べられるときには野菜や海のものを摂ろうと思うのだ。おまえにも、根を詰めすぎないでほしい。休みも食事も大事にしてほしい。まだ、人間関係にも慣れないだろうが、われわれは五人だけの仲間なのだから」
「そっだら」
山形は、手を引かれないのをいいことに、いまだに掴んだままの東海道の手を握り、彼の目を見て笑いかけた。
「ことばに甘えて、またご馳走になってもええか」
表情の変化にとぼしいはずの後輩の笑顔に、東海道は豆鉄砲を食らったようになった。
「あ、ああ、もちろんだ」
「んで、まだ東京に仲のいい人ばおらんのだけんども、なにか困ったことがあったら教えてもらってもかまわんけ?」
「うむ、なんでもきいていいぞ。わたしの携帯の番号は、業務用の携帯に入っているな」
「すまんのう、ほんてんに心強いべ」
頼りにされて喜んでいる東海道は、この時点でも山形に手を握られつづけていることに、その不自然さに気がついていなかった。山形は、笑顔を出した時点で、東海道との距離を縮めることに決めていた。
近くの彼を、さらに知りたいという意志をもって。
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プロフィール
HN:
削谷 朔(さくたに さく)
性別:
非公開
自己紹介:
山形新幹線×東海道新幹線が好きです。
でも基本的に雑食、無節操ですのでご注意ください。
鉄分のない駄文ですが、よろしければ覗いていってください。
でも基本的に雑食、無節操ですのでご注意ください。
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