という気持ちで、山形新幹線×東海道新幹線SSです。
東北新幹線と長野新幹線がほんのちょこっといます。山陽新幹線は、いいやつです。
2013年6月30日から7月1日にかけてのお話です。
よろしければ、どうぞ。
六月末日、東海道新幹線は書類をつみあげて残業に精をだしていた。ならびのデスクでは山陽新幹線もPCにむかって忙しくしている。
上越新幹線と秋田新幹線はすでに地元で終業したと連絡が入っていた。JR東日本の高速鉄道はトラブルもなく、きょうは順調に仕事がすんだ。
「お先に失礼する」
「ふたりとも、あんまり根さ詰めんようになあ」
「お先に失礼します、東海道先輩、山陽先輩。おやすみなさい」
同じJRグループとはいえ、会社が違うと手伝えることは少ない。また、仕事第一の鉄道として、お互いによくあることなので、東北新幹線と山形新幹線は長野新幹線をつれて先に宿舎に帰っていった。
三人が退出して五分後、山陽は忍者のような動きで上官室のドアに走りよると、音もなくドアを開けてフロアの様子をうかがった。それから慎重にドアを閉めると、東海道をふりむいて
「山形たち、もういないぜ」
と、親指を立ててみせた。
すまんな、と東海道が目で告げる。
きゅきゅっとマーカーの音をたてて壁の予定表を変更しながら、山陽は「いいっていいって」と笑い返す。いたずらを楽しむ相棒の顔で。
いたずらなどしたことのない東海道は、慣れないことにドキドキして、てれかくしに仕事の山に顔を埋めた。
その様子を、山陽は感慨をもってながめる。人間らしくなったよね、と。
「じゃあ、おれも帰るかな」
山陽がPCを終了させると、東海道は顔をあげて
「なにかあったらいつでも電話をくれ。携帯とノートパソコンは持ち歩くから」
と生真面目に言った。
「わかった。まあ、携帯だけで充分だと思うけど。たった二日だし、いつもとかわらないよ」
「だといいがな」
「んじゃ、お先に。おまえもほどほどに上がれよ」
ひとのいい笑みで挨拶した山陽を、あ、と東海道は呼びとめた。
ん? と首をかしげる山陽の耳に、
「…ありがとう」
ごく小さい声が届いた。
午前零時、すべての新幹線が休息に入る。山形は自室のベッドで、全身にかかっていた負荷が消えるのを感じる。きょうも無事に運行が終わった。それを確かめて、軽くなった心と身体で、明日のために眠りにつくのである。
(東海道も、無事に眠れっかなぁ)
考えるのは忙しそうだった大事なひとのことだ。寝室の壁を隔てた、となりの居間から廊下につづく扉のほうを見る。
疲れきっていないかと思う。
さすがに残業は終えて、とっくに宿舎に帰っているとは思うが、疲れて休んでいるならば邪魔をしたくない。いつでも山形の部屋の鍵は開けてあるから、彼が望むときには訪れてくれるだろうし。
顔が見たい、それだけで自分はきっと安心すると思う。
けれど山形は目を閉じる。睡眠は大切だ。また明日、ミーティングで会えると。
かちゃ、ぱたん。…がちゃん。
ドアが開き、閉じられ、さらに内鍵をかける音。
眠りかけた山形は、空耳か、夢でも見たかと考えた。
しかし、静かな足音は、自室の居間をまっすぐに寝室めざして近づいてくる。
この音を間違えるわけがない、と思った瞬間、とびおきて寝室のドアを開けていた。
「どうしただ、こんな時間に。なんかあったんか」
しかし東海道は、しおれてもおらず困った様子もなく、リラックスした表情で笑った。
「すまない、遅くに。もう寝ていたか」
すまないといいながら、自分は許容される存在だと知っている口調だった。
「べつに、いつ来たってええよ。えがった。問題が起こったわけではなさそうだなあ」
もちろん山形は機嫌よく招き入れた。
ベッドにならんで腰かけて、東海道がなにか言いたげなのを待つ。睡眠時間は減るが、かけがえのないひとときだ。
「零時をまわったから、言いにきたのだ」
つつみこむような響きに、山形はあっと思いあたった。
忘れていたわけではなかった。しかし翌日のことだし、通常どおり仕事があるし、東海道は忙しそうだったし、節目の年でもないし、と気にとめていなかったのだ。
「開業の日だ、おめでとう」
まっすぐな言葉、にこやかなまなざし、さしのべられる腕。惜しげなく祝福がそそがれる。
山形新幹線は、その腕に身をあずけて、こどものように甘えた。
いつか当たりまえになっていた、ともに過ごした二十一年の確かさを抱きしめながら。
しかし、彼は山形をこどものようにしか甘えさせてくれなかった。
恋人らしく、大人っぽいことを期待して不埒な所作を始めたとたん、きっぱり拒絶されたのだ。
「なんでだず、この時間で、この部屋で、おめでとうで、なんで駄目なんだず」
山形が悲鳴をあげるのも無理はない。が、
「朝から仕事で、しかも記念日だろう。寝不足で出勤する気か」
東海道はBTだった。
「きっと、たくさんの人がおまえを祝うのだ。おまえは、少なくとも明日、いやもう今日か。今日一日は山形新幹線を好きなみんなのものなのだ」
こんなときの東海道には隙がない。山形は真っ赤になって気を鎮めた。鎮めるしかなかった。
「たしか明日は休みだったろう。わたしならまた来るから」
「きょう明日は新庄泊まりだず。それに、東海道は今週いっぱい仕事だべ。つぎに休みが合うのは再来週でねえか」
なだめる東海道を、山形はいいかげんなことを言うなと睨み、
「酷だべ」
せめて恨み言がでてしまうのは許してほしいとつぶやいた。すると
「ああ、そうか、そうだな」
東海道はまじめにうなずいて
「悪かった。では部屋に戻ろう。ゆっくり休め」
出ていこうとしてしまった。山形はあわてて腕をつかんで引き止めて、失言だった、大丈夫だから一緒にいてくれと頼むはめになった。
共寝は暑い季節になった。それでも近くにいるのが嬉しいと寝つくまえに抱きしめあった。山形の寝息をききながら、東海道はこっそり笑う。山形、わたしは、いいかげんなことは言わないぞと。
今年は山形の開業日とその翌日、つまりきょう明日の二日間、仕事を調整して山陽に協力してもらって、東海道は休暇をとったのだ。山形には内緒で。
仕事第一の自分がこんなことをするとは、しかも楽しいと思っているとは、山形は知らないだろう。東海道自身、自分でも予想外だと驚いたのだ。もっと意外なのはそんな変化も悪くないと感じていることだった。
実行をためらっていた東海道に、山陽は言った。
「まず、やってみろよ。休みをずらすくらい、たいしたリスクがあるわけじゃなし」
山陽の目も、東海道の変化を歓迎していると語っていた。
東海道新幹線は楽しみにしている。
朝になったら私服を来て、ひとりの乗客として「つばさ」に乗るのだ。一泊の宿も新幹線の切符も取ってある。
(山形は気づくかな。気づいてもいい、気づかなくてもいい。むこうについたら各駅で降りて、彼のふるさとを歩いてみよう。ひとびとの暮らしと自然を見てこよう。夜には新庄の宿舎を訪ねて、驚く顔を見よう。そして言ってやろう、「どうだ、また来たぞ」と)
初めての冒険をするいたずらっ子のように、東海道は眠れなかった。
でも基本的に雑食、無節操ですのでご注意ください。
鉄分のない駄文ですが、よろしければ覗いていってください。